カテゴリ
はじめに 1. ファローラの女 2. はじまり 3. 洗礼 4. きっかけ 5. イシドロ 6. ニホンジンダイヒョウ 7. 雨にもマケズ 8. maleta -マレタとの出会い 9. 100ペセタのちから 10. 筆をにぎれ 11. ペインターズ チェア 12. 濃縮100%ジュース 13. 幻のお札 14. 音楽万歳 15. えみこさん 16. 人を見たら… 17. 国をでたこと 18. I am me 19. まぼろしのsweet home 20. ひたむきさの裏側 21. リュックを背負った仙人 22. ペドレラ 23. 陰 24. 道はいくつもある 25. Made in Japan 26. いつも旅行鞄を持って おわりに フォロー中のブログ
メモ帳
その他のジャンル
画像一覧
|
2009年 07月 08日
それから数日後、ポストカードの横には小さな文字で、”あなたの名前、漢字で書きます。500ペセタ。”と書かれた紙が置かれていた。そしてその横には、ちょっとばつの悪そうな顔をした私が、これまたちょこんと立っていた。
500ペセタは日本円にしてもほぼ同額の500円に相当する。 カルロス、とかマリア、とかを漢字で書くだけでこの金額をもらえれば、かなりいい収入になる。先日までのわたしのプライドは、この魅力的なお小遣いの誘惑に、あっけなく敗れてしまったのだった。 とはいっても、あんまりみっともない真似もしたくないので、家で練習をしてみた。 和紙に似た感じの、値段も手頃な紙を探し、それを適当な大きさに切って、筆を使って書いてみる。 久しぶりの墨汁のにおい。筆をたっぷり湿らせて、勢いよく書く。 どうせ、何年も習った人たちには太刀打ちできないのだから、せめてのびのび気持ちよく書く、ってことだけ心がけるようにした。 そこへ通りかかった、ルームメートのマールが、興味津々にそれを眺めながら、かなり興奮気味に言った。 ”ちょっと、すごいじゃない。なんて書いてるの?すっごくきれい!” とりとめもなく書いていた字の中に、”世界平和”というのがあった。 まだ小学生の頃、授業でも習う機会のなかった習字をするのは、年に一度だけ、宿題の書き初めだった。でもうちでは、書き初めの代わりに、それは泣き初めと呼ばれていた。それは、スパルタの父が、筆の入れ方やはね方とかに口を出してくるうちに、だんだんと怒りだし、最後にはまるで何かいけない事をしたかのように怒られまくり、娘の私たちは、何でそんなに怒られるんだかよくわからないままに、涙をぼろぼろ流しながら習字をしたからだった。 今あの光景を思い浮かべると、かなり笑えるんだけど、当時はそのせいか、習字がダイッ嫌いだった。 でも、その泣きながら書いた”世界平和”は、クラスの中から選ばれて、市庁舎に飾られる事になった。それがわたしの輝かしい、そして唯一の受賞歴だった。 #
by sidoremido
| 2009-07-08 06:35
| 6. ニホンジンダイヒョウ
2009年 07月 08日
自分で書いたイラストを使って作ったポストカードの横に並んだ、漢字で書かれた名前の見本。
それは例えば、”華流露寿”とか、”麻里亜”とか、自分が書きやすかったり、書くといかにもうまそうに見えるもので、店頭に置いた瞬間から、びっくりするほど通る人たちの目をひいた。 ちょっと離れた所からどんな感じか見てみる。すると、白い紙に濃い墨で書かれた字は、くっきりと浮き上がって、かなりインパクトがあった。 しかも自分が気にしてたほど、字はへたくそに見えない。ほっと安心した所で、早速声をかけてくる人がいた。 ”わたしの名前、書いてくれない?” なんて好調な出だし! 緊張がばれないように…まさか今初めて人前で書くなんて、さすがに言えない。 用意しておいた小皿に墨をいれて、筆をひたす。 気がついた人たちが、どんどん周りに集まって来た。その中には、ヤンキーっぽいお兄ちゃんもいれば、知識人ぽい感じのカップルもいる。 軽く深呼吸して、一気に書き上げた。筆が踊るように動く。家で練習したみたいに、のびのびと、素直に… 出来上がって周りをみまわすと、見物の人たちの目が輝いていた。 ただ字を書いてみせるということが、ひとつのショーとして、受け入れられたのだ。わたしもこの見物人達の反応に、何とも言えない気持ちのよさを感じていた。 お客さんには、それぞれの文字の意味を別に書いてあげ、こうして初めての500ペセタを手にしたのだった。 ところがそれからが大変だった。 見物人達は、押し寄せて来て、わたしに質問を浴びせかけた。 ”俺の名前はどうかくの?” ”つまりこの漢字達が名前を意味する訳?” ”タトゥーしたいんだけど…” そんな質問に混じって、みながよく、セン、という言葉を口にした。 ”何、センって?” ”え、センと言えば、そっちで有名な宗教哲学じゃないか。” …あー、ぜん(禅)! 改めてそういう事を言ってくる人たちを見ると、いかにも知識人ぽい感じ。挨拶のつもりか、手を合わせて拝んでくる。 これではっきりわかった。 この一枚の習字のおかげで、わたしは一躍日本の歴史と文化の代表者、ランブラス窓口になってしまったのだった。 その重大さ、というか、面倒くささの予感にちょっと不安を感じつつも、とりあえずは握りしめた500ペセタ札の温もりに浸っていたのだった。 #
by sidoremido
| 2009-07-08 06:34
| 6. ニホンジンダイヒョウ
2009年 07月 08日
クリスマスはあっという間におわり、バルセロナで最初の年越しをしたけど、わたしは相変わらずランブラスに店を出していた。
誰の下にも上にもいない、しかも青空の下で働けて、何があるか、誰に巡り会うかわからない。毎日新しいことの連続だった。 クリスマスの売り上げはというと、決してよかったわけじゃない。 結局100枚近いポストカードを売ったけど、一枚の値段は500ペセタ、日本円にして500円。合計50000円。かかった時間やエネルギーを考えたら、割がいいとは言えなかった。 でも新しく始めた漢字のお陰で、たくさんとは言えないまでも、ずっと楽に収入を得られるようになった。正直言えば、学費もアパート代もかなり安かったから、そんなに必死にお金を稼がなくてもなんとかなっていたのだ。 毎週末たくさんの人たちとのんびりお喋りしながら、人間ウォッチングをする、しかもお小遣いを稼ぐ、そんな気楽な仕事…のはずだった。 その日は朝から曇りだった。 1月になると寒さは増し、30分もじっとしてるとカチコチになってしまう。 周りをみまわすと、みんな自分と同じようにピョンピョン飛び跳ねながら、なんとかあったまろうとしたり、何倍もコーヒーを飲んだり、雪だるまのようにコートでまんまるになっている。 目が合うと、お互い照れくさそうに笑いつつ、頑張ろうぜ!みたいなサインを送り合う。 そんなことをしているうち、突然ぴゅううっ。 ちょっと強い風が吹いた。ばたん、ばたーん。周りの人たちの店(セットとか三脚とか)が、次々に倒れる。はっ、と自分のを見ると、ぐらーんぐらーん、と激しく揺れた後、大きく倒れた。 この時点で、大半の人たちは店じまいにしたようだった。でも私はその日なぜかお客さんの入りが良くて、どうしてもこのまま続けてみたかった。 それで例のイシドロに作ってもらった棒に重しをつけ直した後、思いついて更にひもをくくりつけて、後ろにあった街路樹に結びつけた。 よおし、こうなったら、風でもなんでもかかってこーい! #
by sidoremido
| 2009-07-08 06:33
| 7. 雨にもマケズ
2009年 07月 08日
風はいったん止んだものの、どんどん寒さは増してくる。
ところが、ランブラスを行く人たちの数は途絶えない。それどころか、こんな時に限って、逆に足をとめて、絵を楽しんでるようにさえ見えるから不思議だ。 でもこの時点で半数以上の人たちは、お店をたたんで行ってしまっていた。 空を見上げると、もう雲が全体を覆ってしまっている。 そして… 降り始めた!しかもものすごい勢いで。 万一の為に、少しずつ荷物はまとめてあった。 紙で出来たものを売る訳だから、絶対にこれを濡らす訳にはいかない。ビニールを何重にもしてバッグにいれた。 急いで店をたたんで辺りを見回せば、もう人っ子一人いない。 なんてすばしっこい奴ら! 店のセットの棒や何やら引きずりながら、最寄りのバルに駆け込んだ。すると、 ”おうい、こっちこっち!” 先に避難した画家達は、もう余裕で一杯やって上機嫌だった。やっぱりベテラン達にはかなわない! 幸いそんな雨には濡れなかったけど、やっぱり寒い。彼らはわたしにも、あつあつのコーヒーを御馳走してくれた。 ”なんて降り方だ、今日はもうひきあげだな。” そういった彼は、一日に8000円相当の絵をひょいひょい売ってしまう、ここの中では超エリート。この短い時間の間にも、もう何枚かの絵を売ってしまったようだった。 彼の声にあわせて、そこにいた人たちは次々に立ち上がっていってしまった。 私はと言うと、何となく立ち去れないでいた。雨はやむかも知れない。そしてライバル達は帰ってしまった。これってもしかして、チャンスかも知れない! #
by sidoremido
| 2009-07-08 06:32
| 7. 雨にもマケズ
2009年 07月 08日
大半の仲間が去って行った後、わたしは結局ランブラスに戻る事を決めた。
雨はもうやんでいる。道をゆく人はまばらだったものの、わたしもう少しお店を試してみたい気分だった。 濡れた地面に荷物を転がして、結局また通りに戻って、店を組み立てた。 ネズミ色の空、吹き抜ける風。 ところがそんな中に、私以外にもう一人、意固地に店を出し続ける変わり者がいた。それはインカ、名の通り、ペルーの原住民の血を持つ男だった。 彼はいつも誰よりも早く来て、黙々と絵を描き続けるタイプだった。その浅黒い肌、きりりとした目からは想像もつかないような、たくさんの色を使った優しい感じのインディオの絵は、よく人の目をひいていた。 わたしは始めの日から、なんとなくこの人に親しみを感じていた。それは私がペルーで生まれたからだったのかも知れない。 ペルーにいたのは、私の父の仕事の関係だった。 合計たしか5年ほど駐在した後、日本に帰ったんだけど、帰国の一年前にわたしが生まれたのだった。だから、思い出も何もないわけだけど、それでも生まれたその国に、あこがれのようなものをずっと持っていた。 その国から来たインカ。わたしはきっと彼と仲良くなれるに違いない、そう感じていた。 ところが…。 それは大きな買いかぶりだった。人前で平気で鼻くそをほじくる、お金大好き、うわさ話大好き、女に目がない… 彼はわたしが勝手に思い描いていた理想のインディオとは、あまりにもかけ離れた人物だった。 はじめの頃は、進んで話しかけていた私も、次第と彼を避けるようになっていた。女友達が来るたびに、紹介しろとうるさかったのだ。 そんな彼とわたしとふたりが、寒さに震えながら並んでいる光景は、かなり奇妙だったに違いない。 #
by sidoremido
| 2009-07-08 06:32
| 7. 雨にもマケズ
|
ファン申請 |
||